【野菜人訪問記】埼玉が誇るプレミアムイチゴ、あまりん開発ヒストリー
埼玉が誇るプレミアムイチゴ、あまりん開発ヒストリー
埼玉県農業技術研究センター・尾田秀樹さん インタビュー
埼玉県オリジナルのいちご「あまりん」は、濃厚な甘さとみずみずしさで高い評価を集め、希少なプレミアムイチゴとして知られています。今回は育種を担当した埼玉県農業技術研究センターの尾田秀樹さんにお聞きし、あまりんが生まれた背景と開発の道のりをたどります。
(プロフィール)
尾田秀樹(おだひでき)/埼玉県農業技術研究センター 野菜育種担当部長。
東京農業大学を卒業後、2000年に入庁。当初は、農業改良普及員として梨を中心とした果樹の栽培指導に従事。その後、2008年からいちごの育種に携わり、「かおりん」、「あまりん」、「べにたま」を育成し、現在に至る。
取材・文/小林 渡(有限会社AISA)
写真提供/埼玉県農業技術研究センター
全国でその名が知られ始めた「あまりん」
埼玉県で作出されたイチゴ「あまりん」は、日本野菜ソムリエ協会主催の「全国いちご選手権」で3年連続最高金賞を獲得し、激戦のイチゴ品種の中で存在感を放っています。希少性の高い品種ながら、観光農園や直売所、都内百貨店など、販売場所を絞り込んだことによって、プレミアム感のあるイチゴとして知られるようになってきているのです。
埼玉県農業技術研究センターで長年イチゴの育種に携わってきた尾田秀樹さんは、開発の原点について「県内の直売所や観光農園の方々から、『埼玉に来ないと食べられない目玉品種が欲しい』という要望があった」と語ります。初期段階からスーパーなどの一般流通ではなく、現場の願いに応える形で始まった品種づくりでした。
栽培できるイチゴがなくなってしまう! 危機感からの作出
イチゴは各県がしのぎを削る付加価値の高い作物の一つです。しかも、「近年は全国で品種登録が進み、作出した都道府県内でのみ栽培が許されている品種が多く、このままだと、後発の埼玉県では栽培できるイチゴの品種がなくなってしまう」と、尾田さんたちは危機感を抱いていました。
ただ、福岡県の「あまおう」、栃木県の「とちおとめ」など、全国的な知名度を持つビッグネームと同じ土俵で戦うには、人も時間もお金もたりません。そこで掲げたのが「一芸による差別化」でした。
尾田さんは、全国的に知名度の高い品種の特徴でもある早生や多収で競うと埋没する可能性が高いと判断し、「甘さと香りにすぐれた品種をつくる」という目標を設定。着想から10年ほどたった、平成31年(2019年)、ついに「あまりん」が誕生します。
最盛期は1日200粒以上のイチゴを食べ続ける!
「あまりん」は、群馬の「やよいひめ」を種子親、福島の「ふくはる香」を花粉親として交配し、選抜を重ねて育成されています。試験研究目的での譲り受けが実現したことで、育種に要する年数の短縮につながりました。ただし短くなったといっても、育種は基本的に長丁場。
「いい親同士を掛け合わせて、いい子どもをつくることの繰り返しで、ワンシーズンに2000~3000株を育て、できた実は全部食べる」のだそう。その量はすさまじく「最盛期は1日200〜250粒を、ほぼ1か月間続ける」こともあったといいます。
「食味重視の作物ですので、結局食べないことには始まりませんから」と尾田さんは笑っていいます。甘さとおいしさの裏側には、こんな地道な試食と記録の積み重ねがあったのです。
クリスマス需要よりもおいしさを優先
「あまりん」は収穫開始が遅めで、イチゴにとって大事なクリスマス需要に間に合いません。しかし、その晩生が甘さの鍵になります。9月中旬から下旬に苗を植えると、10月下旬から11月上旬にかけて開花するのですが、「あまりん」はほかの品種に比べて、開花から収穫までの成熟期間が長いのです。
早生と晩生、どちらも定植から開花までの期間はそれほど変わらず、1〜1.5か月ほどです。「あまりん」は開花から収穫まで時間がかかりますが、「長い分だけ株をつくる余裕ができ、甘くなりやすい」と尾田さん。香りや甘さに妥協しなかったため、出荷できるタイミングが12月に間に合わなくなったものの、観光農園の現場からは「1月に入って開店するタイミングに間に合えば問題ない」と理解が得られたことも大きかったといいます。
味に加えて、形がそろいやすく、育てやすい
「あまりん」の魅力は、食味の強さです。「濃厚な甘さと、それに付随する酸味のバランスが絶妙で、少しねっとりした果肉の歯ざわりもよい」と尾田さんはいいます。
収量の多い品種ではないため、市場へ流通させるよりも、観光農園や直売所、ネット販売、都内百貨店など、食べる人に品質のよさを直接伝えられる場所のほうがむいています。こうした販路の絞り込みも「希少な埼玉ブランド」として知名度を押し上げてきました。
尾田さんによれば、「あまりん」は形がそろいやすく生産者さんから「形が乱れないので選別作業が楽になった」という声が寄せられたとのこと。見た目も重視される贈答用の販売ではロスを減らすことにもつながります。さらに、夜温が低くても成育が止まらないため、県北部の無加温のハウスでも生産できるとの声も。食味と希少性、そして扱いやすさ。「あまりん」はこの3つを兼ね備え、“高付加価値で選ばれるイチゴ”として注目を集めているのです。
品種開発を支える生産者たちへの感謝の思い
現在、「あまりん」の年間生産量は1000トンほど。日本のイチゴ全体の出荷量が年間15万トンといいますから、まだまだ数量は限られています。「あまりんを食べようと思ったら、観光農園や道の駅などを訪ねてみてください」と尾田さん。
埼玉県のイチゴ生産面積約95haのうち、約30haであまりんがつくられているそうです。苗の出荷は埼玉県内の農家に限定されており、家庭菜園向けのものはないため、「埼玉県以外の場所を産地にしたあまりんが出ていたら、それは偽物」とのこと。海外での種苗登録も行うほか、PCR検査で品種の判別ができるようにするなど、付加価値の高いブランド作物を守る仕組みも整っています。
現在は「あまりんの次」を担う品種の作出を目指して日々奮闘を続ける尾田さん。次品種については「もう少し硬く大きな、艶のある果実を目標に据えていますが、果実の大きさと[埼玉県1] 食味のよさは相反するので、なかなか難しいですね」と語ります。
それでも挑戦を続けるのは、あまりんができたときに生産者からかけられた「やっとできたね、おめでとう」というねぎらいの言葉への感謝と、報われた思いが、背中を押してくれるからだそうです。
